磯津港南防波堤灯台(いそづ こう みなみ ぼうはてい とうだい)
三重県四日市市(みえ けん よっかいち し)にある灯台です。
| 航路標識番号(国際番号) | 2723 |
| 位置(緯度経度) | 34 55.5N, 136 38.9E |
| 灯質 | 等明暗緑光 明3秒 暗3秒 |
| 灯高(平均水面から灯火中心:m) | 15 |
| 光達距離(M:海里(1M=1852m)) | 4 |
| 構造 | 白塔形 |
| 高さ(地上から構造物頂部:m) | 10 |
| 備考 | ー |
| 訪問日 | 2024年5月4日 |
| マップコード | 38 318 605*84 |
ちなみに灯質欄の「等明暗緑光 明3秒 暗3秒」とは?
海上保安庁さんのホームページの中に分かりやすいページがあります。
「灯光の色と光り方(灯質)」をご覧ください。
この灯台の場合は「緑色の点灯時間3秒と消灯時間が3秒と等しく点滅を繰り返すもの」となります。
灯台の位置です。
駐車する場所は、Google Mapを少し拡大すると「吉崎海岸」の西側にⓅのマークが出て来ます。普通車の大きさだったら、20台位は停めることが出来ます。
灯台に向かって歩いて行くと、立派な木道が整備されています。
ここからでも釣り人の姿が見えますね。

やはり防波堤の上には大勢の釣りを楽しんでいる人がいます。
今、私の立っている場所は最初に「磯津港南防波堤灯台」が建てられた場所。
そして、少し先に防波堤が1段高く見える手前の場所が1回目に移設した場所。
そのへんの詳しい話は灯台さんにご挨拶を済ませた後にしましょう。

この「前方後円墳」みたいな上が最初に強化プラスチック造りの灯台が建っていました。
今は立派な空き缶が建っている・・って、空き缶の置き捨てはやめようよ!!

あららぁ~・・避雷針の先っちょがフレーム内に収まっていませんでした。
標準型防波堤灯台 強化プラスチック造 FLA型。

避雷針の先っちょまで入っている写真です。
電源は太陽光モジュール(ソーラーパネル)。 灯器は今時の型のLED。

まずは、初点記念額に向かって、ご挨拶しましょう。
「灯台さん、こんにちは。あなたに逢いたくってやってきましたぁ~♡」
「静岡のド田舎から出て来ましたぁ~♡ 」
「磯津港南防波堤灯台 初点 昭和36年3月 改築 昭和58年10月」と刻まれています。
あっさりと書かれていますが、「灯台に物語あり」で、この灯台にも物語がありました。

ここから下は、この灯台に関する物語(経歴)となります。
少しだけ長くなりますが、興味のある方はご覧ください。
初点の昭和36年3月ですが、昭和37年9月刊行された灯台表を見ますと「初点の年」の欄に「昭和36」と記載されています。主要部分を下に転記します。
「構造・高さ」は「白八角形コンクリート造 8.5」。
もやっとした感じで想像は出来ますが、実際はどんな姿だったんでしょう。
| 標識 番号 | 名 称 | 初点 の年 | 位 置 | 構造・高さ |
| 2577 | 磯津港南防波堤灯台 | 昭和 36 | 34 55.3 136 39.0 | 白八角形コンクリート造 8.5 |
「位置」は私が最初に立っていた幅の狭い防波堤から幅の広い防波堤との境目の狭い側の先っちょの場所。 ここです。

次に「改築 昭和58年10月」です。
昭和61年11月に刊行された灯台表に変化が見られました。
主要部分を下に転記します。変化のあった部分を赤文字で示します。
「初点の年」の欄は記載されなくなりました。
| 標識 番号 | 名 称 | 位 置 | 構造・高さ |
| 2725 | 磯津港南防波堤灯台 | 34 55.3 136 39.0 | 白塔形 10 |
他に、昭和60(1985)年に刊行された「航路標識技術要報」の中に移設に関する記載を国会図書館デジタルコレクションで検索、見つけることが出来ました。
「FRP灯塔の内部光源による発光」という表題です。
一部転記します。
「実験標識とした磯津港南防波堤灯台は、四日市工業地帯を背景に、58年度移設(防波堤
延長に伴うものでFRP灯塔は新設)された港湾標識である。同灯台の要目は下記の通り、
灯塔は新しく、商用電源が得られ (中略)
磯津港南防波堤灯台の要目
灯 塔:円形強化プラスチック造、白色、(昭和58年10月7日建設)
(以下 略) 」
この文面から「防波堤の延長、その先に新たに円形強化プラスチック造、白色の灯台が昭和58年10月7日建設された」とあり、初点記念額の「改築 昭和58年10月」と一致します。
インターネットで公開されている国土地理院さんの「地理院地図Vecter」から「地図や写真を追加」⇒「年代別の写真」で灯台の位置の緯度・経度の表示を使って、位置を確認し新旧の移動量を計算すると東北東方向へ約50m移動していると計算されます。
移設先は上述した「前方後円墳」みたいな基礎台の位置、ここです。

ここで、最初の疑問が。
「東北東方向へ約50m移動している」のに灯台表の「位置」の数値に変化がありません。
その答えは灯台表第1巻の「位置」に関する解説にありました。
当時の灯台表に記載されている文です。転記します。
「位置は、概位を示し、緯度・経度の数値は、分の小数1位まで記載する。」
「分の小数1位まで記載する。」・・では、分の小数2位の処理はどうするのか?
最近の灯台表では位置に関する解説は「分単位の小数第1位まで(小数第2位を四捨五入)記載している。」と書かれていて、四捨五入して処理(丸めて)しています。
当時も同様に四捨五入していたと思われます。
以上から灯台表の緯度・経度の数値には0.1分の幅がある事が分かりました。
では、0.1分って距離で言うとどの位でしょう。
難しい計算は置いといて、緯度の場合185.2m。経度の場合(灯台の建っている付近)は151.7mになります。
平ったく言うと南北185.2m、東西151.7m。対角では239.4mとなります。
東北東へ50m程度移動しても数値の丸めの範囲内で灯台表の数値に変化は表れなかったのでしょう。
次に二番目の疑問です。
強化プラスチック造りに改築(新設)された位置から、現在建っている位置に移設されたのですが、緯度・経度を比較してみましょう。
| 緯度 | 緯度の差 | |
| 移設前 | 現在 | |
| 34 55.3 | 34 55.5 | +0.2分 |
| 経度 | 経度の差 | |
| 移設前 | 現在 | |
| 136 39.0 | 136 38.9 | -0.1分 |
表の数字じゃイメージが掴めないので、図にしてみました。
緯度・経度のお勉強も兼ねてです。

緯度は地球を横に真っ二つにした線、赤道を0度として、北極と南極をそれぞれ90度とする。
日本は赤道より北。北半球にあるから北緯って言います。
緯度の数字が大きくなるほど北になる。
34度55.3分から34度55.5分では0.2分北になる。
距離では0.1分は185.2mだから倍の370.4m北に移動したことになります。
次に経度。英国(イギリス)のグリニッジ天文台を0度として東西それぞれ地球を半周180度に分けます。
日本はグリニッジ天文台から東方向に大体123度から154度位の間にある。数字が大きくなるほど東になる。
経度の距離は地球はほぼ球体だから赤道が一番広くて南北に行くほど狭くなり南極と北極は0になる。
磯津港南防波堤の付近の距離では0.1分は151.7mですから、0.1分151.7m西に移動したことになります。
方向で言うと、「北西」へ移動したことになります。
でも、航空写真を見ると「北西」じゃなくて「東北東」に移動しています。??
答えは「測地系」にありました。
2002年に測量法というものの改正があり、「日本測地系」から「世界測地系」に変更されました。
詳しい内容は国土交通省・国土地理院さんのホームページ「日本の測地系」の「5、 日本測地系と世界測地系」をご覧ください。
「日本測地系」から「世界測地系」に(逆もOK)変換するページ「TKY2JGD」です。
灯台表の位置の数値も、それまで「日本測地系」で記載されていたものを、2002年版(平成14年3月刊行)より「世界測地系」に変更されました。
では、移設前の位置の緯度・経度を「日本測地系」から「世界測地系」に変換します。
「日本測地系」 34 55.3N 136 39.0E
「世界測地系」 34 55.5N 136 38.8E
改めて、「世界測地系」で移設前後の緯度・経度を比較してみましょう。
| 緯度 | 緯度の差 | |
| 移設前 | 現在 | |
| 34 55.5 | 34 55.5 | ±0分 |
| 経度 | 経度の差 | |
| 移設前 | 現在 | |
| 136 38.8 | 136 38.9 | +0.1分 |

図にしてみました。
少し縦長の四角形の枠が東西(右左)に並んでいます。
西(左)側の枠の中に納まる範囲で、「初点 昭和36年3月」と、「改築 昭和58年10月」が実施されました。
現在は東(右)側の枠の中に納まる範囲に建っていることになります。
二つの枠、南北185.2m、東西303.4mの範囲内で初点、改築(新設)、移設が行われたことになります。
物語(経歴)はこれで終わります。
他の灯台さんにも色々な物語があるんでしょうね。
お訪ねした時にお話しいただけたら嬉しいです。
灯台さん ありがとう! 会えてよかった! また会えたらいいな。
さて、次はどこの灯台へ行きましょうか。
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